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なななの株式投資Blog

株式投資おいて大切だと思うこと、用語などについて書いています。サイドバーにまとめがあります。

ブログが匿名性で有る事の優位性は・・??

どうも、なななです。「ななな」というのはもちろんHN(ハンドルネーム)だが、ブログを僕のように匿名で書く人もいれば、中には実名、さらに顔写真まで毎日アップしているブログもある。

 

僕は最初は実名ブログのほうが優位性があるのではないか、面白いのではないか?と思っていたが、そうとは言い切れないなと最近考えるようになった。それぞれのメリット、デメリットについて考えてみた。

 

匿名であることのメリット、それは本当の意味で自由に発言できる。これに尽きると思う。もし僕が実名で顔出しでブログを書いたらどうなるだろうか。というか実は過去に大学生の頃、実名で書いていたのだが、その時感じていた事。

 

まずネット上に公開された記事は所属する組織、例えば会社・学校・バイト先・部活・サークルや恋人・親・・etc 全ての人に見られる可能性がある。僕の場合これで大学内で多くの敵を作ってしまった。今のように思いついたことをブログに書きなぐっていた。

 

そしてある日事件は起きた、なんの変哲もない昼下がり、昼飯を食べてたら学内の友人にいきなり「お前昨日の投稿どういう事だよ?」とキレられたのだ。

 

僕としては頭の中に ?? しかなかった・・。まったく友人に怒られる理由などなかった。誰か特定の個人に対して書いた記事ではなかったつもりだった。だがしかし、僕は突然キレられた。

 

しかし後から該当記事を見返してみると確かに彼は自分の事と感じても仕方ないという部分も確かに存在していた。そして彼に感謝もした。気づかせてくれてありがとうと思った。僕はそのブログを年単位で継続していたが彼以外にも内心僕にキレていた人はいたのかもしれない。僕は怖くなった。

 

その日以来僕はブログは勿論、mixitwitterSNSに日記を書く事すらすべてが怖くなった。ある程度公開範囲を限定することも出来たが、基本的に目の通る可能性がある人全員を意識しながら文を書くようになった。会社・学校・バイト先・部活・サークルや恋人・親・・どんな人に見られてもいいような文を書こうとした。

 

結果、発言の鋭さはどんどんなくなっていき(元からあったと思ってたのは自分だけだったりして)、最大公約数的な発言のみにとどまるようになった。昨日はどこへ行ったとか何を食べたとか。写真とかアップしてさ。今でも実名制で有る事をよしとするFacebookにはそんな記事が多いと思う。twetterなんか「ヤバい今起きた寝坊」みたいな投稿は今でも見かける。しらねーよそんなの。

 

だけどそんな記事は見ていても全く面白くないし、書いていても面白くない。写真を撮ってアップするのがただの作業のように感じてしまっていた。

 

当然更新をしなくなってしまった。お金ももらえないのに作業などやりたくない。

 

でも僕はどこかに文を書きたかった。意見を主張したかった。その想いは形は変わろうとも今もなお続いている。だからこうしてブログを書いている。皆さんに楽しさが伝わるか分からないが今も僕は楽しんで記事を書いている。

 

 

誰にだって、会社・学校・バイト先・部活・サークルや恋人・友人・親・・に見られたくないことはあるはずだ。いや、もしかしたらない人もいるかもしれない。全てオープンな人間。僕は見たことがないけどね。あるいは最大公約数とまではいかなくても、家族や恋人に見られても大丈夫な言葉を選んで書いている人もいるかもしれない。

 

いずれにせよ僕は

 

本当に自由になれるのは匿名性のブログだけだと思う。

 

という結論に達している。

 

 

 

しかし、自由といってもただのチラ裏でも問題があるし面白い記事書きたいな~・